田部京子 シューベルト・チクルス 第4回

●7/7(木) 浜離宮朝日ホール
田部京子 ピアノ・リサイタル
「シューベルト・チクルス Vol.4
~ シューベルティアーデ ~
…七夕に紡ぐシューベルトの響…」

(ピアノ)田部京子
(チェロ)向山佳絵子

シューベルト / ピアノ・ソナタ 第4番 イ短調 D537 (op.164)
シューベルト / アルぺジオーネ・ソナタ イ短調 D821

シューベルト / ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959

(アンコール)
シューベルト / 歌曲集「白鳥の歌」 D957 ~ 第4曲「セレナーデ」
(ピアノとチェロ)


 田部さんが2003年から取り組んでいるシューベルト・チクルスの第4回。私はあれこれ算段をつけることができ、幸運なことにこれまでの4回をすべて聴くことができた。毎回、それぞれ違った趣向が凝らされていて、「今回はどんな公演になるのかな」と楽しむことができた。

 第1回ではシューベルトへの手紙が朗読されたのだったと思うけれど(シューベルトの手紙も朗読されたような記憶がある)、公演日はシューベルトの命日で、アンコールにアヴェ・マリアが演奏され、まるでシューベルトのお葬式を心の中で再現しているようでとても感動した。

 第2回ではガラっと趣きが変わり、吉松隆さんによる編曲作品が演奏され、これはこれでおもしろかった。編曲者の吉松さん本人がステージに出てきて解説したのも、聴く側にとってはおもしろい試みだったと思う。

 第3回はみなとみらいのジルヴェスターでブラームスを一緒に弾いて以来、散発的にデュオを組んでいる伊藤恵さんをゲストに招いて「幻想曲 ヘ短調 D940」が演奏された。

 第4回が今回の公演。チェリストの向山佳絵子さんをゲストに迎えて「アルペジオーネ」。

 ピアニストによるシューベルトのチクルス公演だと、遺作の3つのソナタをメインに据え、そこに即興曲集や楽興の時などを配置して、「さすらい人」や初期・中期のソナタを散りばめて…という形が真っ先に考えられるだろうし、たぶん、誰もが考えることだろう。それを、時には、ひとひねり、ふたひねりして、「なるほど、こういうプログラムがあったか。これだったら、ぜひともチケットを買って聴きに行きたい」と思わせるプログラムを提示しなければいけないこともあるのだから、演奏家もなかなかたいへんだと思う。もちろん、プログラムを考えるのはきっととても楽しいことなのだろうけれど、自分が楽しいだけでは公演として成功しないだろうから、そのあたりの塩梅が微妙で難しいのではとも思う。凝りに凝ったプログラムなのにお客が入らないという場合は、演奏家の独りよがりがプログラムに現れているのではないかと思えないでもない。それにたとえば遺作のソナタをメインに据えて、「ソナタばかり」で構成されたチクルスだと、毎回チケットを買って聴く側には少しつらいものがあるかもしれない。その点、田部さんのこのチクルスはとてもバランスがよかった。シューベルトをそんなによく知らない人でも、1度は耳にしたことがありそうな有名な旋律を含んだ曲が必ず毎回登場していた。シューベルティアーナであれば誰でもが命がけで(?)聴きに行きたいと思うような作品も配置されていた。毎回、趣向が変わっているので、「次もチケットを買って聴きたい」と思わせる魅力があったと思う。

 このチクルス、なぜか連続券のようなものが発売されなかったのだけれど(あれば買った人、たくさんいただろうに)、毎回毎回、お客さんに単券を買っていただく、となると、主催者もプログラムを考える演奏家本人もなかなかたいへんだったのではないかなあなどと想像していた。こんなにも意欲的な取り組みに長い時間をかけて取り組んで、しかも、多くの人の興味をひきつけるような趣向を凝らしたプログラムで1回1回の公演を成功させた田部さんは、もちろんすばらしいピアニストだけれど、それと同じくらい、すばらしいプロデューサーなのではないかと毎回感心しながらこの公演を楽しませていただいた。

 さて、この公演のこと。チェロの向山さんの美質は温かみのある美音、奔放さや溌剌さを含んだような大らかな歌の旋律(ふくよかさ)にあると思う。私の好きなチェリストの1人だけれど、最近なかなか演奏を聴く機会がなかった(時たまN響団員にまぎれてN響公演に乗っておられたのは別として)。だから、田部さんとの共演によるシューベルトを聴くことができたのはとてもうれしかったし、アルペジオーネの曲調に合った音楽性で(前述の美質がシューベルトにはとても合っていると思う)とてもよかったと思う。

 田部さんのソナタはとてもひたむきで真摯な音楽で、「シューベルトの真心」というものを感じ感動せずにはいられない演奏だった。4番のソナタと20番のソナタの「血のつながり」を知っていても知らなくても、20番の終楽章で、あのなつかしい旋律が還ってきた時には誰でも深く感動しただろう。「旅」のはじまりと「旅」の終わりのようだ。結局、「旅」とは(内なる)故郷に帰還すること、つまりは「行きて還りし物語」にほかならない。

 残念ながら今度の11月のシューベルトの命日の晩に行われるこのチクルスの最終回を聴くことはできそうにないのだけれど、きっとこの夜はD960で感動にうちの終わり、そうしてこのチクルスが完結するのだろうなあと想像している。


●次回公演

Schubertissimo! ~ シューベルトの宇宙 ~
田部京子 (ピアノ) シューベルト・チクルス

第5回  ~シューベルト最期のメッセージ~
    …177回目の命日に捧ぐ魂の祈り…

11/19(土) 19:00開演 浜離宮朝日ホール

(オール・シューベルト)
アレグレット ハ短調 D915
3つのピアノ曲(即興曲遺作) D946
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960