2013年11月のコンサート (1)

備忘録的インデックス。

まだまだまだ続く秋のシューマン祭り、そして内田さん


●11/3(日・祝) サントリーホール (19:00)

サントリーホール スペシャルステージ 2013
内田光子 ピアノ・リサイタル (第1夜)

モーツァルト / ピアノ・ソナタ ヘ長調 K332
モーツァルト / アダージョ ロ短調 K540
シューマン / ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 op.22
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シューベルト / ピアノ・ソナタ ト長調 D894

(アンコール)
J.S.バッハ / フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816 から サラバンド

※後半、皇后陛下ご臨席。

※終演後、内田さんにも皇后陛下にもスタンディングオベーション。

※以下、感想というより、だらだらとした妄想。
(珍しくもリサイタル翌日に書いています。いつもはすぐに書かない。)

先日のルプーのオペラシティ公演同様、1曲終わるごとに客席のあちこちから溜息がもれたリサイタル。この公演、完売だったそうなので約2000人もの人たちと一緒に音楽を聴いていたことになるのだが、そうした大勢の中で演奏会を聴いているという感覚が徐々に薄れてしまい、途中から、ただピアノを聴く自分だけがいる、という妙な感覚になった。曲が終わるごとに誰ともなく(そして恐らくは無意識に)もれた溜息は、みなさんが同じような感覚を持ってこの演奏会を聴いていたということなのではないかとも思う。

天国的というよりは、この世の楽しみを快活に(時にはその儚さを)語るモーツァルトのソナタ。第3楽章はまるで協奏曲のように聞こえておもしろかったし、オーケストラがいるのではないかいう錯覚さえあった。1人でピアノを弾いているのに、100人で演奏していかのような。

今回の東京での2公演の曲目に含まれるシューマンの3作品(ソナタ2番、森の情景、暁の歌)は、これまで私が足を運んだ内田さんのリサイタルでは1度も聴いたことがない。これらの作品が収録されている内田さんの新譜すら、リサイタルの前に聴いてしまうのが惜しくて10/27のトークイヴェントから帰ってくるまで開封しなかったくらいだ。(開封した理由は後で書くつもり) (追記: 開封した理由 → iTunesでのDL版のみに収録されているボーナストラックがCDには本当に収録されていないのだろうかということを確認するためだった

それでいてこれらのシューマン作品はこれまでの長い年月の間、ひたすらいろいろなピアニストの演奏で、CDで、リサイタルで、放送で…聴き続けてきた。だから内田さんはどんな風にこの3作品を弾くのだろうととても楽しみだった。

昨夜はシューマン3作品のうちソナタ第2番が取り上げられた。この曲は冒頭から熱狂的な作品だが、内田さんの演奏ではこの曲はより狂気をはらんだ世界に傾いていた。あまりに熱狂的でなおかつギリギリのところまで狂乱に満ちた音楽だったので驚いたし、リヒテルの熱狂的な演奏を思い出した。

(エル=バシャやブラウティガムのような、緻密な音の絡み合いを精密に聴かせてくれるCDの演奏もよいけれど、ライヴ録音に残っているリヒテルの熱狂的な演奏もすばらしい。この曲に関してはということだが。)

(シューマンのソナタは内田さんの別のリサイタルでも聴く予定)

シューベルトのD894のソナタ、これまで内田さんのリサイタルで一体何度聴いただろう。まっさきに思い出したのは90年代終わりのリサイタル。アンコールの時、袖から出てきてさっと椅子に座ってすぐに弾きはじめたのがこのソナタの第3楽章だった(と記憶している)。その時のアンコール演奏のすばらしさといったら…

(調べたら1999年のサントリーホールでのリサイタル)

昨夜のシューベルトもすばらしかった。前半のシューマンで驚かされ、感動を通り越して圧倒され尽くし、このような熱狂的な演奏の後で、シューベルトにどんな輝きが与えられるのだろうと思ったのだが、とんでもない。冒頭から名演だった。

穏やかな日常から別の世界へと飛翔していく…飛びさすらう場所は、はじめは憧れの世界だが徐々に死の陰翳に彩られていく。あの美しく儚げな第4楽章ではシューベルトが徐々にそちらの世界へ移行していくようで恐ろしかった。そこで表現されているものは歓びや悲しみといった人間的なものが介入できない、それらとは異質な美しい場所の話だった。恐ろしい、けれど美しい。美しさへの圧倒的な憧れ。シューベルトはそこに行きたいが行きたくない、だが行かざるを得ない。美しいから行きたいが、この世界を捨てなければいけないから行きたくない。だが、彼は行ってしまうのだ。憧れを歌う音楽でもあり、告別の音楽でもあった。終楽章の最後の音が弾かれた時、彼は1人で別の世界へ行ってしまった。今までそこにシューベルトがいたのに、彼はいなくなった。なんというさみしい、そして美しい音楽だろう。