2016年11月のコンサート (3)

備忘録的インデックス。

秋のシューベルト祭りだ! ヾ(・◇・)ノ" (その2)


●11/13(日) 紀尾井ホール (14:00)
今井信子・夢
Nobuko Imai Concert Series
第4回 ヴィオラとピアノ、語りによる「冬の旅」

(ヴィオラ)今井信子
(ピアノ)伊藤恵
(語り)小澤征悦

シューベルト / 歌曲集「冬の旅」 op.89, D911

テキスト: ヴィルヘルム・ミュラー
訳: 梅津時比古
構成: 重延 浩
美術協力: atelier oï
衣装協力: MEN'S BIGI
効果音: 畑中正人(テレビマンユニオン)

(第12曲の後で休憩あり)

(2017.01.14 追記)
テレビマンユニオンのサイトに「菩提樹」の動画が掲載されました。
http://tvuch.com/social/260/

※ヴィオラは人間の声に近い楽器だとよく言われるけれど、まさに人が歌っているかのように歌うヴィオラだった。言葉はないのに、言葉がきこえる。そして、ヴィオラの孤独な歌にやさしく寄り添うピアノのすばらしさ。

※テキストは梅津訳とのことだけれど、配布されたプログラムの紙片には「訳詞は訳者の了解を得て一部、詩句を変更しています」とのただし書き。また対訳は配布されず、プログラムの紙片に訳詞者自身の執筆による、それぞれの曲についての短い解説が全曲分掲載されていた。(この解説はだいぶ自由にお書きになったような印象。読み物としておもしろい。)

※今井&伊藤組によるシューベルト「冬の旅」のヴィオラ版(朗読付)は3度目。(語り:栗塚旭/初演2002年2月:ザ・フェニックスホール/大阪、語り:栗塚旭/再演2013年8月:武生国際音楽祭2013) 俳優の小澤征悦氏を語りに迎えての公演は今ツアー3公演(11/9 仙台・東北大学 川内萩ホール、11/12 札幌・六花亭ふきのとうホール、11/13 東京・紀尾井ホール)のうちの札幌と東京公演が初。仙台での「語り」は長久保明美氏。

今井さんは2012年2月の大阪公演の前に小樽のヴィオラマスタークラス(2012年1月6日小樽・朝里クラッセホテル(ナパイア))で伊藤恵さんのお弟子でもある草冬香さんと「冬の旅」の全曲を演奏したらしい。共演は村岡啓介氏(朗読/FMおたるチーフアナウンサー)。この時は「語り」ではなく「朗読」とされていたようだ。小樽の情報はその頃ネットで見て、東京からは遠すぎるため、聴きに行けないのが無念と思っていた。小樽ヴィオラマスタークラスの過去の演奏会のページに情報が載っている。(チラシPDF

今あげた2012年の2公演と2013年の1公演の計3公演以外にも、もしかしたら、今井さんは「冬の旅」の全曲を演奏したことがあるのかもしれないけれど、私は知らない。また全曲を演奏する前から、抜粋の形でシューベルトの歌曲のうちからいくつかをリサイタルで取り上げて演奏していたのは知っていたが、それらについては(今井さんのリサイタルなどは何度か聴きに行ったことがあるにしても)聴く機会がなかったように思う。

※今回の13日の紀尾井ホールでの演奏会には「構成」として演出家がつき、いわゆる「舞台」のようなものとして演出されていた。構成の重延浩さん(テレビマンユニオン会長)のブログに演出意図が掲載されている。

重延浩さんのブログより

「18世紀を舞台に、孤独に苛まれ、死を求めて彷徨う青年の姿を、現代の若者に重ね、その心の旅路を辿るものです。」

「演奏と朗読がどのようにバランスよく劇的に出逢えるのか、今頭の中で構想しているところです。」

『はずれ者として、ここに来た 去りゆく今も、はずれ者だ』
 この小澤征悦さんの台詞が私の伝えたいテーマです。」

ふきのとうホールのウェブサイトに掲載されている情報や東京公演の主催者であるAMATIがSNSに投稿した写真などを見る限りでは、札幌公演でも同じような構成と演出が試みられていたことがうかがえる。

(紀尾井では)照明に工夫が凝らされ、わずかではあるが効果音も使われていた。(風の音、カラス、犬)

※歌曲のテキストを「歌手が歌を歌う代わりに朗読する」というスタイルではないし、このような公演で語られる言葉は歌の「代わり」ではないだろう。これはまことにおもしろく不思議な舞台だった。演奏会だけれど、普通の演奏会とは少し違う。芝居のようでもあるが、いわゆる普通の「芝居」でもない。劇のようでもあるが音楽劇でもない。音楽が語りの背景音となることもない。音楽は音楽としてじっくり聴かれるように演奏されていた。いわゆる「朗読(語り)つきのコンサート」の場合は、朗読(語り)の背景に音楽が演奏されるスタイルが主流ではないかと思うし、そこでは朗読される(語られる)内容にふさわしい曲が選ばれ、抜粋の形で演奏されるのではないかと思う。そうなると、この「冬の旅」はこうした「朗読(語り)つきのコンサート」とも少し違う。考えれば考えるほど、新しいし独特だ。

(こうした企画での「語り」と「朗読」の区別、定義についても、あとでじっくり考えたいところだ。)

※私自身が「冬の旅」が大好きということもあって、この企画は何度聴きに行っても、いつでもおもしろい。この紀尾井公演は今まで大阪や武生で聴いたものと少し違っていたので、一層おもしろかった。

「語り」の小澤征悦さんはテレビのドラマでは何度も拝見してきたが、こうした「舞台」的な場で接するのははじめて。この「語り」は「ひとり芝居」にも近いものがあったが、そうは言っても、芝居小屋での上演のような風情のあったフェニックス公演とも、広々としたステージ上で行われ、なおかつ「冬の旅」の前に無伴奏ヴィオラによるブリテンの「エレジー」が演奏された武生公演とも違った。

※小澤さんの「冬の旅」の青年からは、今の時代の現実の青年に近いような印象を受けた。「こういうイライラした青年、本当にいそうだよな」と思えるという意味で「リアルな感じ」だった。幽玄ささえ感じたフェニックスの時の栗塚さんとは違った。違ったからおもしろかった。栗塚さんの青年から私が感じたのは諦めと静かな怒り、死だった。「この青年は実はもう死んでいて、死後の世界で、自分の生前を思い出して語っているのだ」と感じた。だから、この「冬の旅」はとても怖かった。小澤さんの青年は「死ぬ死ぬ死ぬ」と言いながら絶対に死にそうにないほど若さと生きるエネルギーに満ちている若者だった。その怒りや恨みは生々しく猛々しく、今の世の中に怒りを感じている(であろう)現実の若者の姿とも重なった。音楽は終わりに向かって息絶えていくようでもあるのに、この若者は生きるエネルギーに満ちていた。

※ステージ上のシンプルな「しつらい」がとても美しかった。天井からぶら下がっていた白い鳥のような、花びらのような「何か」は、調べてみたら、スイスのデザインスタジオ atelier oï (アトリエ オイ)が制作したモービルだった。岐阜県の伝統工芸品である本美濃紙を用いたシノグラフィー(scenography:光と音響による舞台装置[JLogos]"Honminoshi Garden" というものらしい。

ここに "Honminoshi Garden" の説明

※こうした「舞台」のような形での、つまり「語り」があって、ステージに美しい「しつらい」があって、照明効果があって、考えられた構成と演出があって…という企画はもちろんとてもおもしろいのだけれど、1度、いわゆる普通のコンサートの形で、ヴィオラとピアノだけが登場して(やはり今井さんと伊藤さんの共演で!)、休憩も入らない形で(「冬の旅」のリート公演では休憩が入らないことが多い)聴いてみたい気もする。(できたら紀尾井ホールより、もっとずっと小さいホールで)

とてつもなく大事なことを書いておきます。

来年のこのシリーズの予告チラシが紀尾井ホールで配布されていました。来年はシューマン! それも「子供の情景」を4つのヴィオラ用に編曲したもの(!)が初演される予定AMATIのSNSより)だそうです。

「今井信子・夢」シリーズ 第5回
(ヴィオラ四重奏による演奏会)

2017年 9/24(日) 14:00開演(予定)
紀尾井ホール

出演(ヴィオラ)
今井信子
ファイト・ヘルテンシュタイン
ウェンティン・カン
ニアン・リウ

シューマン/子供の情景 op.15(杉山洋一 編曲)
野平一郎/シャコンヌ、バルトーク/44の二重奏曲(抜粋)なども
(会場で配布された来場者限定優先予約の案内チラシから)

当サイト内関連記事
来年秋(2017年9月)の今井信子さんの演奏会でシューマン「子供の情景」のヴィオラ四重奏版 (2016.11.17)

テレビマンユニオンによる今井さんのメッセージ動画

イープラスによる小澤征悦さんのメッセージ動画

2012年のザ・フェニックスホールでの「冬の旅」公演について(今井信子、伊藤恵、栗塚旭)、大阪日日新聞に連載されていた谷本裕さん(ザ・フェニックスホール)のエッセイ
ステージドア 音楽堂通信 “土方歳三”が語る「冬の旅」(大阪日日新聞) (2013.8.21)

当ブログ内関連記事
2012年 2/11(土・祝) ザ・フェニックスホール : 今井信子 presents - Story Telling Concert シューベルト「冬の旅」 (2012.3.3)