モンサンジョンとの3日間 in Tokyo(その3 ~ 第2日)

●9/28(水) 銀座ヤマハホール
モンサンジョンとの3日間 in Tokyo
[第2日/昼の部・夜の部]

[昼の部(映画上映)]

*「ピアノの錬金術師」
グレン・グールド/ピアノ

*「ゴールドベルク変奏曲・バッハをピアノで弾く理由」
グレン・グールド/ピアノ

[夜の部(演奏と鼎談)]

*演奏

(ヴァイオリン)ヴァレリー・ソコロフ
バッハ / 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 BWV1004 から 「シャコンヌ」
バッハ / 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番より
イザイ / 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 「バラード」

(ピアノ) 高橋悠治
グレン・グールド / ピアノのための5つの小品(本邦初演?)
バッハ / パルティータ 第6番

(鼎談の前に)日本未公開映像、約8分上映
(1960年代のバーンスタイン指揮、バッハのコンチェルト)

*鼎談 「ピアニスト・グールド、人間・グールド」

ブリュノ・モンサンジョン / 映像作家
高橋悠治
宮澤淳一 / 慶応大学・法政大学講師


 さて、2日目はいよいよグールドをメインにした日。昼からはじまった映画をすべて観た後、1時間ほどの小休止を挟んで、ミニ・リサイタル、鼎談。全体で9時間ほどの行程。休憩時間を省いても正味7時間ほどの長い参加となった。前日に引き続き、ミニ・リサイタル部分に登場したソコロフ少年のバッハとイザイに続いて、高橋悠治さんがグールドの「ピアノのための5つの小品」とバッハを演奏した。ミニ・リサイタルの後、ピアノが片付けられ、鼎談の準備がはじまったのだが、その鼎談の前に「持参した短いフィルムを日本の皆様にぜひご覧いただきたい」というモンサンジョンの要望が紹介され、急遽、約8分ほど、グールドの演奏が収録されたフィルム(バーンスタイン指揮のバッハ、記憶では確かBWV1052の第1楽章)が上映された。その後、演奏を終えたばかりの高橋さんと司会の宮澤さん、モンサンジョンの3人による鼎談が行われた。

 私がこの日の鼎談の中で一番印象的だったのは高橋さんの発言だった。先程上映されたフィルムの中のグールドの姿勢を分析して、「あんな姿勢でピアノが弾けるわけがない。相当、肩が緊張している」と言ったのはおもしろかった。とはいえ、高橋さんはそもそも、べらべらと話をするタイプではないし(※)、宮澤さんは司会者として、客席に集まったグールド・ファンが聞きたいであろう話をモンサンジョンから引き出すことに徹していたようだったから、結局、この日もモンサンジョンの「独演会」に近かった。けれど、この日のモンサンジョンの語りは本当におもしろかった。モンサンジョンとグールド以外は知らないような話、撮影や編集のエピソードが次々と語られたから。グールドが亡くなってからもうだいぶ経つけれど、彼と親しくつきあい、特に音楽的な話題で深く語り明かしたであろう人が、彼との交流についてまるで語り部のように語る、それを聞く…ファン(信者)としてはそれはどこか物悲しくもあるのだが、それでもうれしい。

 モンサンジョンは気さくで快活なおじさん、とにかく話がうまい。フランス訛の、けれど、すばらしいイギリス英語で、次から次へと尽きることなく、グールドの話を語り続ける。グールドの音楽観よりは、むしろ、人としてのグールドについてを、今ここで東京の人たちに伝えたい、グールドのユーモア、心の温かさをなんとか伝えたいと、それらのことに心を砕いていたようにも見える。それと同時に、彼にとってグールドは特別な存在であり、グールドを語ることは今でもまだとても特別なことなのだとも感じられた。そうしたモンサンジョンの情熱を感じたことは得がたい体験だった。

 3日目につづく…。

(文中、一部敬称省略)


(※)現代音楽のある討論会で、参加者の彼が一言も発しないまま会が終わってしまったのを実際に目撃したことがある。その時、彼はただステージの上に座って自分のマフラーをしきりにいじっていた。