・ 2008年 9月~12月
(この2つ後の記事の末尾に公演の一覧表)
●シュタイアー祭り
この期間の演奏会として触れておきたいのは、なんといってもフォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーのオール・シューマンのリサイタル。シュタイアーの来日にあわせてシューマンの新譜も発売され、さらには急遽、トークイヴェントも開催された。リサイタルのテーマは「シューマン・プログラム ― J.S.Bachへのオマージュ、おとなのためのメルヘン」だった。シューマンを演奏するのにあたって、なぜバッハへのオマージュとしたのかということがトークイヴェントのメインテーマだった。ステージの上にピアノ(リサイタルでも使われたフォルテピアノ)が用意され、シュタイアーが実際にピアノを弾きながら解説した。「たとえば、シューマンのこのようなフレーズに、バッハのこのような作品の影響がみられます」…と、シューマンとバッハを弾き比べ、解説してくれたのだが、これはとてもおもしろかった。
シューマンがバッハの影響を受けていたことはあれこれの個々の作品の細かいところに見られるし(バッハ調のコラールが聞こえる、あるいはもっと露骨にBACHの名前が散りばめられている等々)、キャラクターピースを組み合わせて1つの作品としている点などにも見られるだろうし(バッハの「○○組曲」のように)、あるいはバッハの無伴奏の作品に敢えてピアノ伴奏をつけたシューマンの試みなどにも見られるだろう…というように、例をあげていったら本当にたくさん思いつく。…などということを改めて思い出した。
さて、トークイヴェントの翌日のリサイタルは、言葉にしてしまうのがもったいないほどで、とても美しく、はかなく、夢見るような時間だった。このリサイタルの少し前、霊南坂教会で聴かせていただいた伊藤深雪さんの新しい、そしてすばらしいフォルテピアノを使っての演奏。
シュタイアーが選んだテンポについて書いておく必要があるかもしれない。トッパンホールのウェブサイトに前マネージャーの武田浩之さんの文章が掲載されているのでそれを見ていただくといちばんよいのではないかと思う[リンク切れのためリンク削除]。私は事前にシュタイアーの新譜を入手して聴いてしまったので、まずCDを聴いた段階で「え?」と驚いてしまったが(特に子供の情景の第1曲など)、全体に通常演奏される場合より速い。たとえば若いピアニストがモダンピアノで同じようなテンポで弾いたとしたらどうだろう。私は強い違和感を覚えるのではないかとも思う。ところがシュタイアーの演奏だと、違和感なく、自然に、新鮮に、そしてなんともなつかしく聞こえる。なんという豊かな詩情。なんという夢幻。忘れがたいリサイタルだった。アンコールに弾かれたバッハも…。フォルテピアノでバッハ! それがなんとロマン的に聞こえたことか。至福の時間だった。
※あまりにも感動したので、シューマン・プログラムではなかったが、シュタイアーの2日目の演奏会(クリスティーネ・ショルンスハイムとのデュオコンサート)にも出かけてみたが、こちらもすばらしい演奏会だった…。
●フォルテピアノ祭り
シュタイアーだけでなく、この期間にはフォルテピアノによるシューマンやシューベルトの演奏会を聴くことができたことも忘れがたい。シュタイアーのところでも触れたが伊藤深雪さんの新しいフォルテピアノの披露演奏会は、会場の霊南坂教会の雰囲気といい(ここには以前、昼間、オルガンを見せていただくために行ったことがあるが、夜、コンサートのために出かけたのはこれが初めてだった)、すばらしいピアノといい、伊藤さんの真摯で清らかな演奏といい、何もかもが印象に強く残る一夜だった。
「デュオ 音の恵 (おとのえ)」(ヴァイオリン:山口幸恵、フォルテピアノ:七條恵子)のデビューコンサートも印象的だった。これもはじめて出かけた会場。池袋の自由学園明日館講堂。以前から行ってみたいコンサート会場のひとつだったが、ようやく念願かなったこともうれしかった。また若い古楽デュオの演奏は初々しく、純粋に音楽を聴く喜びを味わうことができた。
以前から1度聴いてみたいと思っていた平井千絵さんのリサイタルも聴くことができた。こちらもやはり出かけてみたいと思いつつ、なかなかその機会がなかった目黒・八雲のパーシモンホール。地下の小ホールが会場だったが、大きさがフォルテピアノを聴くのにはちょうどいいくらいだった。空間的にも親密なスペースだったが、平井さんのお話がとてもおもしろくて、お話と音楽が一層、親密で温かい時間を生み出していたと思う。これもすばらしいリサイタルだった。
書いているとどんどん長くなるのでここで分割。
まとめ (3)の(1) おわり。 (3)の(2) につづく。