五色塚古墳に登る (3)

(つづき)

 管理事務所でいただいたリーフレットと神戸市のウェブサイトを利用しつつ、この古墳について簡単にまとめておく。

 五色塚古墳は別名を千壺古墳という。大正10年、国の史跡に指定され、発掘調査と復元のための整備は昭和40年から10年かけて行われた。整備される前の五色塚古墳の様子がわからないが、江戸時代の文献によれば後円部から石棺がのぞいていたとのこと。復元にあたっては表面部分の調査が主で、古墳内部の調査は行われなかった。被葬者は不明。古墳の保護を目的とした整備・復元のため、現代の工法が取り入れられている。また、長い時間の経過から、堀や古墳自体の一部が切り取られ、道路や鉄道として開発されてしまったため、その部分は物理的に復元できなかったとのこと。

 造営当時は上中下の三段それぞれ、10メートルにつき18本の埴輪が並べられていた。総数はおよそ2200本で、ほとんどが鰭付円筒埴輪であり、一部は朝顔形の埴輪だった。復元された後は合成樹脂で作られたレプリカの埴輪が後円部の上にぐるっと並べられている。このレプリカだが、遠目には本物にしか見えないし、近寄って見ても、よほど近くまで行かないとレプリカだとは気がつかない。とてもよくできていると感心した。


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 美しい葺石は推定223万個、総量2784トン、産地については明石海峡または淡路島などと諸説あり特定されていないようだ。復元に際しては前方部の石は当時のものを使い、後円部のものは現代のものを使ったとのこと。

 五色塚古墳と並ぶ小壺古墳と、五色塚古墳の堀の中にある方形のマウンド(東側に一つ、北東部に一つ)からもそれぞれ埴輪等の遺物が発掘されたとのこと。発掘されたものの詳細がわかる文献がないかと思って調べたところ、「史跡五色塚古墳小壺古墳発掘調査・復元整備報告書」が整備事業開始から40年を経て、昨年、ようやく刊行されたとのこと。 [ 詳細はここ : PDF / リンク切れの場合あり ]

(つづく)

●関連リンク

神戸市埋蔵文化財センターのウェブサイト内の五色塚古墳のページ。発掘調査中の写真が非常に興味深い。

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五色塚古墳に登る (1)
五色塚古墳に登る (2)
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