良いものを見ることができたと江戸の世界を堪能した後、これもせっかくだからと常設展をのぞいてみる。ほかの博物館や展示施設の常設展だったら通り一遍ざっと見ただけで終わったかもしれない。しかし、原始・古代の部屋に入って私はぴったりとその場に固まってしまった。ひと部屋まるごと銅鐸コレクション…と言ってしまえばとても地味な展示に見えるが(実際、地味なんだろうけれど)、展示されていたものがすごかった。特殊な文様(トンボやカエル、シカ、クモ、踊る人の絵など)が描かれている有名な桜ヶ丘銅鐸が二つ、両面ともに見られるような形で分厚いガラスケースの中に展示されていた。国宝である。私は言葉通りまさにガラスにへばりついて見入った。
かれこれ十数年前、弥生時代の習俗に関する研究書の類を読み漁った時期があった。その頃、「こんなすごい銅鐸があるとは」とまさにヨダレを垂らしながら図版に見入って憧れていたのがこの桜ヶ丘銅鐸の写真と文様だった。銅鐸は楽器だったのか、祭器だったのか、なぜ埋められた形で発見されたのか…。ある時代を境に見られなくなるのはなぜなのか…。調べてみると不思議なことばかりで、当時の人の説明文が残っているわけでもないから、具体的なことは何もわからず、一層、空想の余地があっておもしろい。
この時、神戸市立博物館の特別展で見た江戸の絵画はいずれも独創的な図案と構図で、精密な筆遣いで描かれていた。その時代をはるかに遡る時代に作られた銅鐸の文様は流麗で美しく、これも精密と言ってよい。ユーモラスで滑稽。マンガのはじまりのようでおもしろいし、当時の人々の生活や精神世界を知る手がかりになる。銅鐸の図柄のおもしろさや素朴ながらも精密な手仕事の中に、二千年近い時の流れや距離的な遠さを飛び超え、江戸の浮世絵の作者たちとつながる「糸」のようなものが見えた気がした。
銅鐸や先史時代、古代の展示を見るのに思いのほか時間を使ってしまった。時刻は昼を過ぎていた。残りの常設展示を駆け足で見て博物館を後にする。五月とはいえ日差しが強い時間帯に差しかかっていた。良い天気でいささか暑い。三宮周辺のおいしいものを売っている店ものぞいてみたかったが諦める。埋蔵文化財センターまでの電車経路も事前に調べてあったが、海側の天気があやしくなりかけていたので、天気が良いうちに古墳を見ておこうとJRにて三ノ宮から垂水に向かう。
(つづく)
新神戸駅のプラットホームの窓から
●関連リンク (リンク切れの場合あり)
絵画銅鐸(桜ヶ丘4号銅鐸)(国宝)
・ 神戸市立博物館
・ 文化遺産オンライン
絵画銅鐸(桜ヶ丘5号銅鐸)(国宝)
・ 神戸市立博物館
・ 文化遺産オンライン
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