・ 2008年 1月~4月
●アンドラーシュ・シフ
ここで何を置いてもあげなければいけないのはアンドラーシュ・シフのリサイタルを聴くことができたこと。
前回、私がシフのリサイタルをオペラシティで聴くことができたのは1999年。その時も彼のシューマンを聴くために出かけた。今回もシフがシューマンを弾くから…というよりは、何しろ9年ぶりの来日公演なので、これを逃してしまったら、次はいつシフのリサイタルを聴けるかわからない…という、ちょっと「危機的な」気持ちもあって、紀尾井のバッハ(パルティータ全曲)とオペラシティの2つの東京公演に出かけた。
オペラシティ公演に先立つ紀尾井公演、その開演前の場内は、9年ぶりに東京の聴衆の前に現れるシフを待つ大勢のファンたちの、静かな、けれどとても圧倒的な期待感と緊迫感でみなぎっていたように思う。あれはとても独特の雰囲気だった。オペラシティでは会場内で「シフって有名な人なの?」みたいな会話をもれ聞いて思わず笑ってしまった。東京のコンサートシーンにおいて、シフの不在がとても長かったのだなあとつくづく思った。
オペラシティのリサイタルで演奏されたシューマンの幻想曲はオリジナル版での演奏らしく、終楽章に通常演奏されるものとは少し違う箇所があり(終結部)、聴いて少しはっとした。あたかもそれは、曲の最初の方で響いていた「こだま」が最後の最後で再び現れて、その「こだま」によって、美しくもはかない夢がとじられる…そんな印象を持ったから。そして、シフが幻想曲を弾き終わった後の、あの長い長い静寂。現実の音は鳴っていないとしても、シューマンの夢は終わらず続いている、いや、もっと美しい夢がそこからはじまっていた…耳を澄ます人にだけ聴こえる、目をこらして見ようとする人にだけ見えるいろとりどりの夢。曲が終わった後の静寂までも堪能できるコンサートはそうあるものではない。体験したことのある人はみな同意してくださるだろうけれど、あれは本当に感動的で得がたい、美しい体験だった。
予定されていたプログラムが全部終わった後にも、さらにアンコールとして4曲演奏された。たっぷりと。アンコールというより「第3部」という感じ。バッハ、シューベルト、シューマンと演奏されたが、中でもバッハのフランス組曲(第5番、全曲)がすばらしかった。それにアンコールだというのに、その後もイタリア協奏曲を全曲演奏してしまうほどの大サービス…。「次はゴルトベルクを全曲弾きはじめたりして」と思ったけれど(ゼルキンみたいに?)、さすがにそれはなかった…。7時開演で終演は10時近かっただろうか。けれど長さを少しも感じることなく、あっという間に終わってしまった。まだあれから1年たっていないけれど、既に伝説と呼んでもいいような特別なリサイタルだったと思う。
●ピリオド楽器による室内楽、小川、伊藤、チッコリーニ、センチュリー
1月~4月のコンサートの中で、企画としてすぐれていた浜松市楽器博物館と東京の第一生命で行われたクララ&ロベルト・シューマンの室内楽の演奏会。(詳細はここ)
楽器や編成など、歴史的な視点から検証が行われ、それを実地で音にしていただいた…という感じの趣向。これはすばらしいプロジェクトだった。ことにめったに演奏される機会がないクララのピアノ協奏曲が室内楽版で、それもフォルテピアノによって演奏された点は当時の「鳴り響き」を復元する試みとして非常にユニークで意味があったと思う。その「復元」の試み、時間・空間・鳴り響く音を演奏者やほかの聴衆と共有できたことは私にとっては幸せなことだった。私にとって、音楽とは、その共有をも意味する場合が比率的に高いので。この企画では、演奏もすぐれていた上、この稀な機会をとらえてライヴレコーディングが行われ、CDとして発売された。関係者の情熱と努力、そして「勇気」には頭が下がる思いがするし、すぐれた演奏を記録として残していただいた点には(あの場にいた聴衆の1人として)深く感謝したい。個人的にはもう何年も前からフォルテピアノの演奏によるシューマンの演奏を聴きたいとずっと思い続けていたが、実際に演奏会で聴けるような機会はなかなかないので、こうした演奏会がもっと増えるといいのなと思っている。
この1月~4月の間に行われた日本人ピアニスト2人のリサイタルもあげておきたい。1つは小川典子さんのデビュー20周年記念リサイタル(サントリーホール)。これまでの演奏家活動の中で小川さんが継続して取り上げてきたオハコの曲に新進気鋭の作曲家・藤倉大さんによる新曲を加えた、記念碑的なプログラムによる名演。もう1つは、「春をはこぶコンサート」の第2シリーズをスタートさせた伊藤恵さんのオール・シューベルト(遺作の3つのソナタ)によるリサイタル(紀尾井ホール)。シューベルトを中心にした8年連続のリサイタル・シリーズの第1回。最終回となる2015年の第8回でも同じシューベルトの遺作の3つのソナタによるリサイタルが既に予告されているので、シリーズ全体が終わる時に伊藤さんはそれにどうアプローチされるのか、そして私はそれをどう聴くのか、今からとても楽しみにしている。
それからピアニストのアルド・チッコリーニ。この老巨匠がトリフォニーホールで2回にわたってリサイタルと協奏曲の夕べを開くと聞いて、シューマンを聴くために協奏曲の夕べに出かけた。破綻のない瑞々しい演奏。1925年生まれの老巨匠はこの演奏会の時は82歳だったかと思う。しかし、なんというエネルギー。なんという若さと体力。なんという情熱。前半はシューマンの協奏曲、後半はラフマニノフの2番の協奏曲を弾いたが、この大コンチェルトを休憩を挟んでとはいえ一晩のうちに2曲続けて弾いてしまうのだから。しかもラフマニノフの後で、弾き終わったばかりのそのラフマニノフの終わりのところを再度弾いてくれた…。(あれは客席が盛り上がった^^)
もう1つ、演奏会の話題ではないけれど、特記しておきたいのは大阪センチュリー交響楽団の予算削減のニュース。シンフォニーホールで行われた小泉和裕さんの音楽監督就任記念演奏会と時期を同じくしてこのニュースが報じられた。話題の知事の政策ということもあって、件の演奏会(私は東京から聴きに行った)ではホールの前の路上で、オケの支援者の人たちがオケを存続させてほしいと署名活動をしていたし、ロビーにニュース用の報道陣のカメラも入っていて、ちょっと騒然としていた。(私が都響の定期会員だった頃に、都知事 VS. 都響で似たような問題が起きたことを思い出した。)
まとめ (1) おわり。 (2) につづく。
●1/18(金) 東京文化会館
東京都交響楽団 第656回定期演奏会(Aシリーズ)
(指揮)沼尻竜典 (ピアノ)小川典子
「日本管弦楽の名曲とその源流 - 5」(武満徹)
●1/19(土) 朝日カルチャーセンター(新宿)
「ドビュッシーの最期を飾る幾何学模様 練習曲集」
(小川典子/レクチャーと演奏)
●2/15(金) 東京藝術大学 奏楽堂
藝大チェンバーオーケストラ 第10回 定期演奏会
(指揮)ジャン=ピエール・ヴァレーズ
(ピアノ)伊藤恵
●2/19(火) サントリーホール
演奏活動20周年記念
小川典子 ピアノ・リサイタル
●2/23(土) アクトシティ浜松音楽工房ホール
クララ&ロベルト・シューマン
愛、輝きと優しさ
クラヴィーア・アンサンブル グラーフのフォルテピアノとともに
●3/2(日) 第一生命ホール
クララ&ロベルト・シューマン
愛、輝きと優しさ
クラヴィーア・アンサンブル グラーフのフォルテピアノとともに
●3/5(水) 東京芸術劇場
2008都民芸術フェスティバル
東京交響楽団
(指揮)飯森範親 (ピアノ)小川典子
(オール・ベートーヴェン)
●3/6(木) 11:00 ミューザ川崎 市民交流室
ジェイミーのコンサート第6回
(ヴァイオリン)徳永二男 (ピアノ)小川典子
●3/6(木) 19:00 紀尾井ホール
アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル
(バッハ / 6つのパルティータ BWV 825-830)
●3/10(月) 東京オペラシティ コンサートホール
アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル
●3/26(水) すみだトリフォニーホール
ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニ
第2夜:協奏曲
(ピアノ)アルド・チッコリーニ
(指揮)ペトリ・サカリ
(管弦楽)新日本フィルハーモニー交響楽団
●4/5(土) 東京藝術大学奏楽堂(マチネ)
東京のオペラの森 NOMORIイベント・ウィーク
「東京都交響楽団」
(指揮)ラドミル・エリシュカ (管弦楽)東京都交響楽団
●4/6(日) ミューザ川崎シンフォニーホール(マチネ)
麻生フィルハーモニー管弦楽団
創立25周年記念演奏会 (第47回定期演奏会)
(指揮)三石精一 (ピアノ)小川典子
●4/12(土) 神奈川県立音楽堂
シュナイト音楽堂シリーズVol.14 「シューマン・シリーズI」
(指揮)ハンス=マルティン・シュナイト
(ヴァイオリン)石田泰尚
(管弦楽)神奈川フィルハーモニー管弦楽団
(オール・シューマン)
●4/14(月) ザ・シンフォニーホール
大阪センチュリー交響楽団 第130回 定期演奏会
~ 小泉和裕 音楽監督就任記念 ~
(指揮)小泉和裕 (ピアノ)伊藤恵
●4/26(土) 東京芸術劇場(マチネ)
東京ユニバーサルフィルハーモニー管弦楽団 第23回定期演奏会
リムスキー=コルサコフ 没後100周年記念
(指揮)三石精一 (ピアノ)小川典子
●4/29(火・祝) 紀尾井ホール(マチネ)
新・春をはこぶコンサート Vol.1 (8年連続コンサート)
伊藤恵 ピアノ・リサイタル
(オール・シューベルト)