神戸で「江戸」を見る

 さて、神戸の話。昨年は神戸新聞松方ホールのシューマン・プロジェクトのために三回、三月・五月・七月と神戸に出かけた(秋の公演にも出かけるつもりでいたが、都合がつかなくなってこれは諦めた)。せっかく神戸に行くのだからと考えた結果、神戸市内の埋蔵文化財センターと垂水にある五色塚古墳を見てこようと思い立った。あれこれあって三月には果たせず、また時間がなくて結局は埋蔵文化財センターにも行かれずじまいだが、五月に古墳を見ることができた。これは五月の話。

 五月のリサイタルの夜、一緒に食事をした人たちに「明日はどうするのか」ときかれ、「葺石で有名な垂水の古墳を見に行きたい」と言ったら、Sさんが「いいものをあげる」と言って鞄から取り出して私に渡してくれたのが神戸市立博物館で開催中の「ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展『江戸の誘惑』」の招待券。せっかく神戸まで来たのだから、いいものを見て帰れというご配慮。調べたら博物館は宿泊先から歩いて行ける距離にあったから、翌日、古墳を見る前にちょっと寄ってみることにした。

神戸市立博物館

 ボストン美術館所蔵の「ビゲローコレクション」と呼ばれる浮世絵の里帰り展覧会は各地で話題になった(東京では江戸東京博物館で開かれた)。東京に先駆けて公開されていた神戸での展覧会はこの日が最終日だった。地元のテレビなどでも前日当日とその旨の報道があった模様。最終日、その上、日曜日ということもあって、開館直後に行ったにもかかわらず、入り口には既に入場待ちの長蛇の列。時間で区切る形の入場制限が行われていて、すぐに中には入れない。20分ほど待って中に入る。中はたいへんな混雑。何のための入場制限だったのかと思えるほどギュウギュウで所によっては展示物の前にさえたどり着けない。とてもではないが、落ち着いてゆっくり絵を鑑賞できるような状態ではない。それでも、東京で見るとしたら、もっとすごい混雑の中で見ることになるだろうから、今日見られるのはラッキーだと思うことにし、人垣をかいくぐって一通り全部のものを見た。

 せっかくなので五百円を出して音声ガイドの機械を借りる。ガイド役は私の好きな若手落語家の柳家花禄さん。絵の解説だけではなく、絵の中で描かれている当時の江戸の風俗についても解き明かされていた。それがカタイ話とはならず「語りもの」として成立していた。名調子がおもしろい。神戸で江戸を描いた浮世絵を見ながら江戸弁による江戸の解説を聴くとは思わなかった。音声ガイドを耳からはずせば、会場内はどこもかしこも関西弁であふれているのだから不思議な気持ちだった(地元の人にしたら当たり前のことだろうけれど)。

 チケットをくれたSさんが「いいものが来ている。かなりいい展覧会だよ」と言っていたが、その通りだった。ウィリアム・スタージス・ビゲロー(William Sturgis Bigelow 1850-1926)が日本で収集した膨大なコレクションの中からも、特に選別された名品ばかりが百年ぶりの帰国を果たした。構図や色使いが誠にすばらしい。細密な着色や描線の技術に驚嘆した。大胆にデフォルメされた女性たちの美しい体のライン、それも見たことがないほど太い輪郭線で、流れるようにさっくりと描かれていた。そのきっぱりとした作者の意思というか信念に驚いた。美しいだけでなく、力強い。しかも洗練されている。モダンアートにも通じると思った。だから、浮世絵に明るくない私の目にも、いずれもすばらしい作品だということがわかったし、これらを収集したビゲローは非常に目の肥えた人、勘のよい人だったのだと思えた。

(つづく)

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神戸で「江戸」を見る
神戸、桜ヶ丘銅鐸(国宝)
五色塚古墳に登る (1)
五色塚古墳に登る (2)
五色塚古墳に登る (3)
五色塚古墳に登る (4)
五色塚古墳に登る (5)

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